初めまして。
今年度2月から普及部で働くことになった山口潤です。
個性が溢れ出すぎている普及部の先輩コーチのみなさんに毎日いじってもらうおかげで、次の朝を迎えるのが待ち遠しい日々を送らせてもらっております。
話はいきなり変わりますが、『世界基準を普及部の指導で伝える』。
これが私が掲げる目標です。
ですが、いきなりこの言葉を書くと、ワケのわからない暑苦しい人間が普及部で働いていると思われる方がいらっしゃると思うので、まずは自己紹介をさせていただきます。
私はFC東京の下部組織であるU-15むさしの一期生で、その後U-18でプレーしていました。一学年下に今ドイツでプレーしている武藤嘉紀選手、二学年下には現在FC東京でプレーしている橋本拳人選手と一緒に小平で活動していました。
(普及部の中では、健二コーチ・こみコーチと同い年で、健二コーチとはむさしで、こみコーチとはU-18で一緒にプレーしていました)
むさしでの一番の思い出は、中学3年時の高円宮杯決勝ガンバ大阪戦で、私が1対1のチャンスを逃した後に宇佐美貴史選手に決勝ゴールを決められて負けたことです。
U-18での一番の思い出は、高校3年時のクラブユース選手権決勝セレッソ大阪戦で、私が至近距離での1対1のチャンスを逃した後、延長戦オウンゴールの末負けた事です。
このように、お世話になったクラブであるFC東京に迷惑をかけ続けて中高時代を過ごしていました。。
U-18を卒業した後は、早稲田大学に進学しサッカー部で4年間プレーし、その後、アメリカのフロリダ州立大学女子サッカー部で3シーズンを過ごしました。
アメリカでは主にテクニカル(分析)を担当し、それと同時にコーチングについても現場で学び実践をしていました。
アメリカ、ヨーロッパ、南米、日本など多くの国から、A代表・各年代別代表選手たちが集まりプレーしている環境に身を置けたこと、年代別ワールドカップの分析など、現代における世界のサッカーと、それに対する日本サッカーの取り組みを学べた事は自分の財産となりました。
また昨年の夏には、香港サッカー協会でのインターンシップとしてAFC B級ライセンス講習会前期アシスタントコーチを経験。
その後は台湾指導者講習会アシスタントコーチや台湾女子代表のアシスタントコーチを務めました。
その間もJFAのサポートスタッフとして、代表関係者への資料やテクニカルビデオを作成等をしていました。
世界各地のサッカーに携わる中で学んだこと…
ひとつひとつの指導の中に世界基準を作り、子どもたちがそれに触れ体験できるようにすることが、私が最初に述べた目標です。
そしてその目標に向けて情熱的に取り組んでいくことを信条として、これから活動していきます。
長々と書いてしまいましたが、今度こそ本当の意味でお世話になったクラブであるFC東京に恩返しをするため、また、かつてむさしと深川で監督を務めた自分の父以上にFC東京に貢献できるように、全身全霊を込めて日々取り組んでいきます。
どうぞみなさまよろしくお願いします!